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#004 『浅草の男』
 浅草と言う場所は何時行っても変わらない。この時は五年ぶりに訪れたが、観光客として訪れる分には、道端の石ころ一つ変わらずにあるように思えた。きっと百年後、周辺が『攻殻機動隊』の世界みたいになっても、浅草寺周辺だけは人形焼の型で押したように変わらず、ぽっかりと都会の中に浮かんでいることだろう。

 見物を終え、地下鉄のホームに降りた。当然ながら、浅草駅だからと言って下町風情に富んでいるわけではない。ほかの駅と変わらない無味乾燥なコンクリートのコンコースを安っぽい蛍光灯の明かりがぼんやりと照らしている、ただそれだけ。電車待ちの人々は誰も目を合わせず、声も発さず、数分先の電車を焦がれるように待ち続けている。

 そのとき、男が二人向かいのホームに入ってきて、私の真正面のベンチに腰を下ろした。ひとりはこちらにまで届くような声で何かをしゃべり続けている。連れのほうは聞いているのかいないのか、新聞に目をやったまま適当に相槌を打っている。この駅への馴染み様から見るに、彼らは間違いなく地元の人間であろう。
 まるでモノクロの映画に突然色つきの登場人物が現れたようだった。それまで深海の底で死んでいたような駅の空間が、にわかに生命力を帯びたように思えた。

 すぐに滑り込んできた電車に彼らは乗り込んだ。席に着いてからもしゃべり続け、うなずきながら新聞を読み続けているのが窓から見えた。彼らを乗せた電車が出て行った後、残ったホームにはまだ少し、彼らの残していった喧騒の余韻が残っているようだった。僕はホームを見渡しながら、ここは浅草なんだな、とぼんやり思った。

                 ( 07年12月8日 記)
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